オメガの歩み
- 1848年、6月スイスのラ・ショー・ド・フォンに、弱冠23歳のルイ・ブランが懐中時計の組み立て工房を開いた。
- 1877年、ルイ・ブランが息子ルイ・ポールと共に「ルイ・ブラン&フィルズ」社設立。
- 1879年、ルイ・ブラン死去。ルイ・ブランの三男セザールが経営に参加。
- 1880年、ルイ・ポールとセザールは工場をビエンヌに移転し機械製作による部品作りから組み立てまでを一貫して行える体制を作り生産拡大。 機械式シリンダー・エスケープメントのキャリバーを発表。
- 1889年、従業員600人、年間製造個数10万本というスイス最大の時計メーカーに成長した。
- 1894年、「これ以上の到達は不可能、最高、完成」を意味する「Ω(オメガ)」の名前を持つムーブメントが誕生。のちに社名となる。
- 1900年、オメガ初の腕時計を発表。
- 1932年、オメガ時計の精度が評価され、ロサンジェルス・オリンピックの公式タイムキーパーに選ばれる。 シーマスターの前身「マリーン」発表。
- 1942年、初の自動巻き時計を発表。
- 1948年、「シーマスター」発売。
- 1952年、自動巻クロノメーター「コンステレーション」発売。 オリンピック・クロス・オブ・メリット賞を受賞。
- 1957年、「スピードマスター」が登場。
- 1964年、NASAが宇宙空間における時計の過酷な耐久テストを開始する。
- 1965年、NASAのテストに「オメガ・スピードマスター」が唯一合格し選ばれる。公式クロノグラフとなる。
- 1967年、「デ・ビル」シリーズの誕生
- 1969年、アポロ11号の月着陸成功により、「スピードマスター」は、人類と共に初めて月面への一歩を踏み出した。
- 1970年、「シーマスター600」登場。 深海探査のヤヌス計画で「シーマスター」が耐水圧記録樹立。 トラブルに見舞われたアポロ13号の地球帰還への重要な役割を果たし、NASAの栄誉ある「スヌーピー・アワード」を受賞。
- 1974年、「メガ・クォーツ2400」が腕時計で初のマリンクロノメーター認定。
- 1975年、アポロ=ソユーズ合同のスペースランデヴー計画で、アメリカ・ソ連の宇宙飛行士がそろって「スピードマスター」を使用。
- 1978年、スペースシャトル計画の公式腕時計に「スピードマスター」が認定される。
- 1988年、オメガ、フランスの海底探査計画ファレ・ミッションに参加する。 「シーマスター・プロフェッショナル200」を発表。
- 1989年、ソ連、「スピードマスター」を宇宙飛行士の公式時計に採用
- 1992年、現モデルである「シーマスター120」を発売。
- 1993年、300メートル防水クロノグラフ・クロノメーター「シーマスター・プロフェッショナル・ダイバー・クロノグラフ300」発売。 ローラン・スペッケールが「シーマスター」を腕に、湖水で水深80メートルのダイブの記録樹立する。
- 1994年、「デ・ビル プレステージ」を発表。
オメガの歴史
オメガの歴史は精度追及の歴史ともいわれています。 オリンピックの公式計時は、そうしたオメガの歩みを象徴するテーマの一つです。 1932年のロサンジェルス大会以来、オメガは実に20を超える大会で公式計時を担当し、 その間、1946年にはスターターピストルと写真判定を、1952年のヘルシンキ大会では史上初の電子計測を実現。 さらに1961年にはオメガスコープを開発し、1982年、アテネのオリンピック競技場に22×9mの巨大なスコアボードを設置するなど、 オリンピック計時の進化に劇的な役割を果たしてきました。 2004年はアテネ・オリンピックの開催年にあたります。 オメガは今大会においても栄誉ある公式計時を担当しています。